山梨の地方病(日本住血吸虫症)の記録と記憶を残し、後世に語りつぐ
地方病教育推進研究会設立総会

山梨の地方病(日本住血吸虫症)の記録と記憶を残し、後世に語りつぐ
地方病教育推進研究会設立総会

研究会の設立―遠藤先生の想い

山梨県昭和町にある風土伝承館で、2023年5月27日、地方病教育推進研究会の設立総会が開催されました。

この会は事務局長をつとめる遠藤美樹氏の尽力によって組織され、今回の会場となった昭和町風土伝承館(旧杉浦醫院、杉浦健造・三郎親子は地域住民への診療と同時に地方病対策に尽力しました、現在は建物を活用して風土伝承館となっています)の出井寛館長、元山梨県衛生公害研究所の梶原徳昭氏が設立準備にあたりました。きっかけとなったのは、2022年10月に開催された日本公衆衛生学会で山梨の地方病(日本住血吸虫症)が制圧された経緯を紹介するシンポジウムが開催されたことです(http://jsph81.umin.jp/data/pdf/jsph81_special_program2.pdf)。目黒寄生虫館の倉持利明館長とともに、感染症アーカイブズも協力して、特別展示を行いました。

地方病教育推進研究会の目的は、山梨の歴史の中でたいへん重要な位置を占める地方病(日本住血吸虫症)の制圧をめぐる資料や記録、記憶を残し、それを後世に語り継ぐことです。たいへん盛況で、土曜日の午後だったにもかかわらず、30人ほどが参加し、同会の設立のための事務的な手続きののち、活動の目的や対象を話しあいました。

地方病の資料と記憶を残す

遠藤先生たちがこの会を設立した目的は、山梨の地方病をめぐる資料や記録、記憶を残し、それを山梨の歴史とすること、感染症アーカイブズの言葉で言えば、「地方病の歴史化」です。そのためには、さまざまな資料を収集し、整理と保全につとめることが必要です。

対象となる資料は、公文書などから、旧山梨県衛生公害研究所の調査研究の成果や刊行物、映像記録、写真、遠藤先生が小学校の先生をしていた時に、実際に授業で使用した教材、児童生徒さんの感想文まで多彩でたくさんあります。

幸いなことに、風土伝承館は、もともと杉浦醫院という日本住血吸虫症の治療に尽力した杉浦親子の医院の建物を継承しており、関係の資料も保存しています。未整理の資料も少なくなく、感染症アーカイブズは、その一部をお預かりして、写真撮影を行い、整理と保全のためのお手伝いをしています。

地方病の歴史

記念講演として、元山梨県衛生公害研究所で研究と対策、特に宮入貝対策に尽力された梶原徳昭氏が、地方病の制圧の歴史や山梨の記憶として継承すべき課題を紹介してくださいました。

江戸時代の流行の様子、明治時代から制圧に至るまでの歴史や貴重な資料も紹介されました。日本住血吸虫の発見には、杉山なか女が自らの身体を研究のため献体しました。この貢献によって、日本住血吸虫症の研究が進みました。設立総会には、縁者の方も参加されました。質問やコメントでは、昭和町の小学生が勉強する副読本での地方病の取り扱いなども紹介されました。

山梨の経験と世界の住血吸虫症対策

山梨の日本住血吸虫症対策は、プラジカンテルという特効薬が開発される以前に、溝渠のコンクリート化などによって宮入貝の生息をコントロールし、風土病を制圧した国際的にも貴重な事例です。制圧に成功した背景には、学校などでの啓発活動、溝渠の整備が土地改良事業としても重要な意味を持っていたこと、地域社会の結束の強さ、コミュニティの持つ強制力など、さまざまな要素がありました。その一つ一つは、感染症の歴史学の重要な研究対象です。同時に、それらをどのように語り継いでいくかが現在の大きな課題です。

山梨で試みられた地方病対策は、その後、中国やフィリピンにも導入されました。その意味では、山梨の地方病対策は、2023年度から開始された高等学校「歴史総合」のかっこうの材料だといえるでしょう。

研究会のさまざまな活動を通じて、地方病をめぐる知見や経験が継承されることを期待し、また、感染症アーカイブズも引き続きいろいろなお手伝いをしていきたいと考えています。

(2023年5月28日 飯島渉)